「……無理強いはせんけぇ」
銀二郎の言葉に、トキは何も答えられませんでした。
東京での新しい暮らしを提案されたトキの胸には、未知の未来への期待と、松江の家族を置いていく葛藤が渦巻いています。
互いに想い合いながらも、一歩を踏み出せない二人の、切なく静かな一夜――。
翌朝、仲間たちに見送られ、錦織は教師資格試験へと旅立ちます。
一方、銀二郎はトキを東京案内へと連れ出し、人力車の旅が始まります。
赤門、図書館、上野公園、不忍池――
どこを見ても目新しい風景に、トキは驚きと感動を覚えます。
そして訪れた寄席小屋。
看板に書かれた「牡丹灯籠」の文字に、トキの胸が熱くなります。
“怪談好きの二人”をつなぐ、静かで温かな約束――
「いつか一緒に、寄席に行こう」
夢を語るのも、日常を取り戻すのも、まだ少し先の話。
でも確かに交わされた“いつか”の約束が、二人の心をそっと照らします。